秋田地方裁判所 昭和43年(ワ)197号 判決 1972年8月28日
原告
伊藤新
ほか四名
被告
株式会社マルマン
主文
1 被告は、
原告伊藤新に対し金九一万円および内金八二万八、〇〇〇円に対する昭和四〇年一月一六日から、内金八万二、〇〇〇円に対する本判決確定の日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、
原告伊藤イトに対し金六六万円および内金六〇万円に対する昭和四〇年一月一六日から、内金六万円に対する本判決確定の日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、
原告伊藤新一に対し金三四万一、〇〇〇円および内金三一万円に対する昭和四〇年一月一六日から、内金三万一、〇〇〇円に対する本判決確定の日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、
原告阿部武に対し金二二万円および内金二〇万円に対する昭和四〇年一月一六日から、内金二万円に対する本判決確定の日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、
原告千葉満子に対し金一〇万円および内金九万一、〇〇〇円に対する昭和四〇年一月一六日から、内金九、〇〇〇円に対する本判決確定の日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
4 この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
一 原告ら訴訟代理人は「被告は、原告伊藤新に対し金四五八万七、二五五円、原告伊藤イトに対し金三〇六万一、七八九円、原告伊藤新一に対し金六一万六、〇〇〇円、原告阿部武に対し金六五万四、八七八円、原告千葉満子に対し金六五万三、四〇〇円、およびこれらに対する昭和四〇年一月一六日から各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行宣言を求め、次のように述べた。
(請求原因)
(一) 当事者
原告伊藤新、同伊藤イトは、原告伊藤新一および訴外亡伊藤厚子の父母であり、原告伊藤新一は本件被害自動車(秋四そ九八―二七号小型四輪貨物自動車)の運転者であり、原告阿部武、同千葉満子および亡厚子は、その同乗者である。
被告は、本件加害自動車(多四せ四三九三号小型貨物自動車)の所有者である。
(二) 事故の発生とその結果
昭和四〇年一月一五日午後四時五五分ごろ、訴外藍沢智は、本件加害自動車を運転して(訴外高野悦夫同乗)青森市大字鶴ケ坂字川合八三の二八浅利寅吉方前付近の一級国道七号線上を弘前市方面から青森市方面に向けて東進中、対向して来た原告伊藤新一運転の本件被害自動車と衝突し、その結果、原告伊藤新一に対し第三、四、五肋骨々折頭部両手挫創、同乗の原告阿部武に対し約三週間の休業加療を要する左顔面眼部挫創頭蓋骨亀裂骨折、原告千葉満子に対し約二週間の安静加療を要する顔面多発性挫創頭蓋内出血右膝蓋骨々折の各重傷を負わせたほか、伊藤厚子に対しては頭蓋内出血の重傷を与え、翌一六日午前九時一〇分ごろ同市大字沖館字篠田竹森外科医院において死亡するにいたらせ、かつ本件被害自動車を大破させるにいたつたものである。
(三) 被告の責任
被告は、本件加害自動車の所有者として、これを自己のため運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条により、原告らに対し本件事故による損害を賠償する業務がある。
(四) 損害
1 原告伊藤新について
(イ) 亡厚子の逸失利益についての相続分
亡厚子は、幼少のころから華道を、さらに高等学校卒業後はあわせて茶道を習い、昭和三八、三九年に相次いで池の坊皆伝および茶道教授の資格を取得し、本件事故にあわなければ、昭和四〇年三月原告阿部と結婚すると同時に同原告宅において茶、華道の教授を開業することが確定していた。この場合、同女は、少なくとも月平均二万円として年間二四万円の収入を得ることができたはずであり、同女の生活費は右収入の三分の一以下であるから、その年間逸失利益は一六万円となる。そして、本件事故当時、同女は二三才二ケ月の健康な身体の持主であり、今後少なくとも六五才まで四二年間右仕事に従事することができたはずであるから、ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して右稼働可能期間中における総逸失利益の本件事故当時の現価を求めれば、三五六万六、八九〇円となる。したがつて、原告伊藤新は、同女の父として、その二分の一の一七八万三、四四五円を相続することになる。
(ロ) 慰藉料
亡厚子は、原告伊藤新、同イト間の長女であり、同原告らは同女を幼少のころからいつくしみ育てて来たものであつて、本件事故当時、原告阿部との間に婚約がととのい、本件事故の翌日に婚約発表パーテイを行い、同年三月六日に結婚式を挙げることが確定していた。
そして、厚子が死亡したのは、ちようど婚約パーテイの当日であり、その遺体が家に着くのと前後して同女がパーテイに着てゆくために特別注文してあつた藍大島の紬と羽織、帯などが届けられ、それが亡き娘の遺体にかけられたときの親としての原告伊藤新、同イトらの悲しみは誠に筆舌につくし難いものがあつた。
また、同原告らの息子である原告伊藤新一は、本件加害自動車の運転手である藍沢の虚偽の申立により、本件事故の加害者として警察の取調べを受け、起訴され、無罪の判決を得るまでに三年半の歳月を要した。
以上の事情により、原告伊藤新の受けた精神的苦痛は甚大であり、これを金銭に見積もれば一五〇万円が相当である。
(ハ) 医療費
亡厚子の前記竹森外科医院に対する医療費は二万八、四八五円であり、原告伊藤新がこれを支払つた。
(ニ) 本件被害自動車の破損にもとづく損害
本件被害自動車は、原告伊藤新が昭和三九年一月八日六九万円で購入したもので、本件事故当時における減価償却後の価額は五九万円であつたが、右事故による破損のため全く使用不能となつたので、六万円で下取りをしてもらつたから、結局五三万円が本件事故による破損にもとづく損害となる。
(ホ) 自動車の賃料、人件費等
原告伊藤新は印刷業を営む者であり、息子の原告伊藤新一を運転手等として使用していたところ、同原告が本件事故により重傷を負い、また、営業用自動車として使用していた本件被害自動車が使用不能となつたため、やむなく昭和四〇年一月一七日から同年五月三一日まで訴外虻川文男から自動車を借り受け、かつ同人を運転手として雇い、自動車の賃借料および給料として同人に対し三五万円を支払つた。
さらに、原告伊藤新は、同年六月新しい自動車を購入したが、原告伊藤新一がまだ運転できるまでに快復していなかつたところから訴外長崎鉄夫を運転手として雇い、一ケ月半分の賃金として同人に三万五、〇〇〇円を支払つた。
(ヘ) 亡厚子の遺体引取り等の交通費
原告伊藤新は、亡厚子および原告伊藤新一の入院のための衣類運搬費および同女の遺体引取りの交通費等として二万八、〇〇〇円を支出した。
(ト) 葬儀費
原告伊藤新は、亡厚子の葬儀関係費用として四四万三、七八七円を支出した。
以上合計は四六九万八、七一七円となるが、原告伊藤新、同イトは、自動車損害賠償責任保険金(以下「自賠責保険」という)一〇二万八、四八五円を受領し、この内金二万八、四八五円を前記(ハ)の医療費に、内金五〇万円を前記(ロ)の慰藉料に充当したので、それらを控除すれば残額は四一七万二三二円となる。
(チ) 弁護士費用
原告らは、本件訴訟を弁護士渡辺隆に委任し、認容額の二割五分ないし五割を報酬として支払うことを約したので、原告伊藤新については、そのうち請求額の一割である四一万七、〇二三円の支払を求める。
よつて原告伊藤新の損害額合計は四五八万七、二五五円となる。
2 原告伊藤イトについて
(イ) 亡厚子の逸失利益についての相続分
亡厚子の逸失利益は前記のとおり三五六万六、八九〇円となるので、原告伊藤イトは、厚子の母として、その二分の一の一七八万三、四四五円を相続することになる。
(ロ) 慰藉料
原告伊藤新の慰藉料の項について主張したとおりの事情により、原告伊藤イトも甚大な精神的苦痛を蒙つたので、それを金銭に見積もれば一五〇万円が相当である。
以上合計は三二八万三、四四五円となるが、前記のとおり既に受領した自賠責保険金のうち五〇万円をこれに充当すれば、その残額は二七八万三、四四五円となる。
(ハ) 弁護士費用
前記のとおりの事情により、請求額の一割である二七万八、三四四円の支払を求める。
よつて、原告伊藤イトの損害額合計は三〇六万一、七八九円となる。
3 原告伊藤新一について
(イ) 慰藉料
原告伊藤新一は、本件事故により前記のような傷害を負い前記竹森外科医院に昭和四〇年一月一五日から同年同月二五日まで一一日間入院し、その後大館公立病院に同年三月末まで通院し、その後同年五月まで休業して定期的に脳波の検査を受けた。そして、現在にいたるも特に冬期間は胸部の痛みがひどく、自宅玄関口の雪寄せ作業もできない状態である。
また、同原告は、前記のように本件事故の加害者として取調べをうけ、起訴され、結局無罪となつたが、その間三年半自己の無実を証明するため奔走するなど甚大な精神的苦痛を蒙つた。これを金銭に見積もれば五〇万円が相当である。
(ロ) 休業損害
原告伊藤新一は、原告伊藤新の経営する印刷会社に雇用され月給三万円を受けていたが、本件事故により昭和四〇年一月一六日から同年五月末までの四ケ月半休業せざるを得なくなつたので、その間受けるべき賃金を失つた。そこで、このうち二ケ月分六万円を損害として請求する。
以上合計は五六万円となる。
(ハ) 弁護士費用
前記のとおりの事情により、請求額の一割である五万六、〇〇〇円の支払を求める。
よつて、原告伊藤新一の損害額合計は六一万六、〇〇〇円となる。
4 原告阿部武について
(イ) 慰藉料
原告阿部は、本件事故により前記のような傷害を負い、前記竹森外科医院に昭和四〇年一月一五日から同年同月二五日まで一一日間入院し、その後大館公立病院に同年二月一五日まで通院し、その間同年一月一六日から同年二月六日まで勤務を休んだ。
また、同原告は、前記のとおり亡厚子と婚約し、挙式も間近かであつたのであるから、突然の婚約者の死によつて受けた精神的打撃は大きく、その後三年余も他の女性と結婚する気にもなれず、ひたすら亡厚子の冥福を祈つている。
右のような事情から同原告の精神的苦痛を金銭に見積もれば七〇万円が相当である。
(ロ) 医療費
原告阿部は、本件事故による医療費四万五、三四四円を支出した。
以上の合計は七四万五、三四四円になるが、同原告は自賠責保険金一五万円を受領しているので、その内金四万五、三四四円を右医療費に、残金一〇万四、六五六円を右慰藉料に各々充当すれば、その残額は五九万五、三四四円となる。
(ハ) 弁護士費用
前記のとおりの事情により、請求額の一割である五万九、五三四円の支払を求める。
よつて、原告阿部武の損害額は六五万四、八七八円となる。
5 原告千葉満子について
(イ) 付添費、交通費
原告千葉は、本件事故により前記のような傷害を負い、前記竹森外科医院に昭和四〇年一月一五日から同年同月二四日まで一〇日間入院し、その後大館公立病院に同年二月二〇日ごろまで通院し、さらに弘前大学病院に同年三月末まで通院した。その間、同原告は、入院付添費、交通費として各一万円計二万円を支出した。
(ロ) 逸失利益
同原告は、右治療のため勤務を休まざるを得ず、そのため昭和四〇年六月、一二月のボーナスを各五、〇〇〇円ずつ減額されたほか、一年間昇給が停止され、月二、〇〇〇円ずつ合計二万四、〇〇〇円の賃金を失い、合計三万四、〇〇〇円のうべかりし利益を逸した。
(ハ) 慰藉料
同原告は、前記傷害のため現在も顎の下、左頬、鼻に傷跡が残り、これは生涯消えないものである。同原告は本件事故当時二二才の未婚の女性で、右後遺症による精神的苦痛には甚大なものがあり、これを金銭に見積もれば八〇万円を相当とする。
以上の合計は八五万四、〇〇〇円であるが、同原告は自賠責保険金二六万円を受領しているから、この内金二万円を前記の付添費交通費に、内金三万四、〇〇〇円を前記逸失利益に、残額を前記慰藉料に各々充当すれば、結局残額は五九万四、〇〇〇円となる。
(ニ) 弁護士費用
前記のとおりの事情により、請求額の一割である五万九、四〇〇円の支払を求める。
よつて、原告千葉満子の損害額は六五万三、四〇〇円となる。
(抗弁に対する答弁)
(一) 原告伊藤新一の過失を否認する。本件事故当時、事故現場の路面は凍結し、きわめて滑走しやすい状態にあり、かつ、その進行方向に沿つて下り坂であつたにもかかわらず、前記藍沢が、自車を減速しようとしてフツトブレーキを強くふんだためこれをスリツプさせ対向して来た原告伊藤新一運転の本件被害自動車の進路に突然進入させたため、本件事故が発生したのである。
(二) 被告主張の時効の完成を否認する。原告伊藤新一は、本件事故により、四、五日間はほとんど意識不明の重態にあり、加害者を知ることは到底不可能であつた。また、同原告は、当初本件事故は同原告の過失によつて発生したものであるとして被告から損害賠償の請求を受け、かつ、刑事責任を追求されて起訴されたのであるが、右刑事裁判の過程で行なわれた昭和四二年一二月一二日の藍沢智に対する証人尋問において同人の証言を聞き、はじめて本件事故が同人の一方的過失により発生したものであるとの確信をもつに至つた。同原告以外の原告らは、同日以降昭和四三年一月初めにかけて、原告伊藤新一あるいはその弁護人をしていた渡辺隆弁護士から右の事実を聞き、加害者が藍沢であることを知つた。そして、同年五月三一日原告伊藤新一が無罪判決を得、その判決中において本件事故が藍沢の過失によるものである疑いが濃いと指摘されたことによつて、原告らは、藍沢が加害者であることを確定的に知つたのである。したがつて、昭和四二年一月一六日を時効の起算日とすることは誤りである。
(再抗弁)
仮りに本件時効の起算点を本件事故の翌日である昭和四〇年一月一六日としても、それから三年目の同四三年一月一五日は祭日であり郵便業務を含めて取引をしない慣習があるので、時効期間の終期は同年同月一六日となり、同日被告に対し、原告ら代理人からの本件損害賠償請求にかかる内容証明郵便が到達し、その後六ケ月以内に本件訴が提起されたのであるから、時効は中断した。
二 被告訴訟代理人は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。
(請求原因に対する答弁)
請求原因(一)は認める。同(二)のうち原告らの負傷および訴外伊藤厚子の死亡の点は不知、その余は認める。同(三)のうち被告が本件加害自動車の所有者であり、これを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、損害賠償義務のあることは争う。同(四)1(イ)のうち亡厚子が原告ら主張のように茶、華道を習い、池の坊皆伝および茶道教授の資格を取得し、原告阿部との結婚と同時に茶、華道の教授を開業することが確定していたことは不知、その余は否認する。同(四)1(ロ)のうち、藍沢が虚偽の申立をしたことは否認し、その余は知らない。慰藉料額は争う。同(四)1(ハ)の事実は知らない。同(四)1(ニ)の事実中、本件被害自動車の本件事故当時における減価償却後の価額が五九万円であることは否認し、その余は知らない。同(四)1(ホ)ないし(ト)の事実は知らない。原告伊藤新、同イトが自賠責保険金一〇二万八、四八五円を受領したことは認める。同(四)1(チ)の事実は知らない。同(四)2の事実中、(イ)、(ロ)は否認し、(ハ)は不知。同(四)3の事実中、(イ)、(ハ)は不知、(ロ)は否認する。同(四)4の事実は、原告阿部が自賠責保険金一五万円を受領したことを認め、その余は知らない。同原告が亡厚子と婚約中であり挙式が間近かであつたことは特別事情に属する。同(四)6の事実中、原告千葉が自賠責保険金二六万円を受領したことを認め、その余は知らない。
(抗弁)
(一) 本件事故は、原告伊藤新一の一方的過失によつて発生したものである。仮りに前記藍沢にも過失があるとしても、原告伊藤新一の過失と過失相殺されるべきである。
(二) 仮りに、被告に何らかの損害賠償責任があるとしても、本件事故は昭和四〇年一月一五日に発生し、原告らは同日損害および加害者を知つたのであるから、その翌日の同年同月一六日から起算して三年を経過した同四三年一月一五日限りで時効が完成し、原告らの被告に対する損害賠償請求権は消滅した。
(三) 原告伊藤新の人件費の損害(請求原因(四)1(ホ))について、同原告は、原告伊藤新一の負傷休業中、これに対する賃金支払義務を免れたのであるから、前記虻川文男、長崎鉄夫に対して支払われた賃金から原告伊藤新一に支払われるべき賃金が損益相殺されるべきである。
(再抗弁に対する答弁)
原告ら主張の日に内容証明郵便が到達したことは認める。民法一四二条は時効期間には適用されない。また同条の「取引」には郵便官署の郵便配達業務は含まれない。仮りに含まれるとしても原告らの主張する慣習の存在を否認する。〔証拠関係略〕
理由
一 本件事故とその当事者
請求原因(一)の事実、同(二)の原告伊藤新一、同阿部武、同千葉満子の負傷および訴外伊藤厚子の死亡の点を除くその余の事実については、当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によれば、請求原因(二)掲記の原告伊藤新一、同阿部、同千葉の負傷および伊藤厚子の死亡の各事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
二 藍沢の無過失等について
本件事故について、訴外藍沢智に過失がなかつたか、あるいは原告伊藤新一に過失があつたかについて検討する。
前記の争いのない事実、〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故は、原告伊藤新一運転の自動車(以下この項において伊藤車両という)と訴外藍沢智運転の自動車(以下この項において藍沢車両という)が互に対向進行中すれ違うときに起つた衝突事故であること、当時道路の両端には残雪があつたけれどもその有効幅員は約七メートルあり、両車両が互に左側進行をしていれば衝突は起り得ない状態であつたことが認められる。したがつて、両車両のうちいずれかが他の車両の進路に進入したか、あるいは両車両共左側進行の原則を守つていなかつたものというべきところ、肝心の衝突地点が本件全証拠によつてもついに確定することができない。
即ち、衝突地点の立証に費すべきもつとも重要な証拠の一つである〔証拠略〕によれば、実況見分者松橋忠男巡査は、両車両から落下したものと思われる雪塊、塗幕片および前照灯の破片の散乱状況、両車両のスリツプ痕、および立会人藍沢の指示等により衝突地点を確認している。しかし、〔証拠略〕によれば、当時両車両は衝突の衝撃で互にはね返り後退して停車したものであり(しかも、その停車位置、状態さえも関係人の供述は一致しない。)衝突後実況見分が実施されるまでの約三〇分間に両車両の中間を何台もの自動車が通過していること、また、当時は路面には雪がなく凍結し、痕のつきにくい状態にあつたこと、時間的にも一月一五日の午後五時半ごろであつて附近には照明もなくかなり夕闇がかかつていたにもかかわらず、松橋巡査は当時実況見分に際し懐中電灯を用いたか否か同人の記憶も定かでないこと、さらに、藍沢は事故による負傷のため、実況見分の指示説明ができず、結局同乗者の高野悦夫がこれにあたつたにもかかわらず、乙第一号証には藍沢が指示説明をした旨記載されていることが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信できない。そして、これらの事実に照らすと当時果して両車両のスリツプ痕就中伊藤車両のそれが明確に確認されたのか、また、雪塊や塗幕片等が衝突地点を断定するに足るだけの状態で散乱していたのかどうか等乙第一号証には多くの疑問が存し、にわかにこれを措信することができない。
そして、その後原告伊藤新一の刑事事件に関して実施された検証の結果にかかる〔証拠略〕および当裁判所の検証の結果にみられる関係人の指示説明は、本件事故後の長い日時の経過による記憶の欠如のため必ずしも正確を期し得ず、これのみをもつて本件衝突地点を確定するには十分でない。また、〔証拠略〕も曖眛な点が多く、またその断定的な部分も他の証拠にてらしてにわかに信を措き難い。
以上検討してきたところから明らかなように、右にみた乙第一号証をはじめとする各証拠はいずれも措信しがたいか、あるいはそれのみでは本件衝突地点を確定するに足りないのみならず、これらを綜合しても右衝突地点を確定するに十分でない。そして、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
つぎに伊藤車両の進行状況につき、〔証拠略〕中には、藍沢車両と対向してきた伊藤車両が本件事故現場付近で突然藍沢車両の進路に進入してきたため本件事故になつた旨の記載ないし証言部分があるが、他の証拠に照らしにわかに措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
かえつて、〔証拠略〕によれば、藍沢車両の進行に沿つて本件現場にいたる道路は、はじめ左曲りのゆるいカーブでゆるい上り坂になり、その頂上からゆるく右曲りにカーブしたゆるい下り坂になつて本件衝突現場にいたるものであり、右衝突現場は伊藤車両にとつては上り坂、藍沢車両にとつては下り坂であつたこと、かつ、本件事故当時路面には雪がなく凍結し、滑走しやすい状態になつていたところ、藍沢は当時時速約五〇キロメートルで右坂の頂上にいたり、そこで一応減速したが、同乗の高野の指示でさらにフツトブレーキによる減速にかかつたことが認められ、この制動措置が相当のスピードからの減速であり、しかも、道路が前記のような状況であることを合わせ考えると、藍沢車両は右制動の結果走行の自由を失い、進行方向右側の伊藤車両の進路に進入して行つたのではないかという疑問をぬぐうことができない。
以上の次第であるから、被告において、藍沢の無過失あるいは原告伊藤新一の過失の立証を尽したとはいまだいえないものというべく、被告の抗弁(一)は失当に帰する。
三 被告の責任
被告が本件加害自動車の所有者であり、かつ運行供用者であることについては前記のとおり当事者間に争いがない。そうとすれば、被告は、自動車損害賠償保障法三条により、後記認定の限度で原告らに対し損害賠償義務を負担することになる。
四 時効について
昭和四三年一月一五日は成人の日の祝祭日であることは公知の事実である。そして、祝祭日には、特段の反証のないかぎり取引をしない慣習があるものと推定すべきところ、これに反する立証がなく、かつ、同月一六日に原告ら主張の本件損害賠償請求にかかる内容証明郵便が被告に到達したことについては当事者間に争いがないのであり、本件訴の提起が同年七月一三日であることは本件記録によつて明らかであるから、時効の起算点について判断するまでもなく、時効は中断されたというべきである。したがつて、抗弁(二)は失当である。
五 原告らの損害
(一) 原告伊藤新について
(イ) 亡厚子の逸失利益の相続分について
〔証拠略〕によれば、亡厚子は昭三五年三月大館桂高等学校を卒業し、昭和三八年に池の坊皆伝の、昭和三九年に茶道教授の資格を取得したことが認められるが、このことは、昨今、一般的な女性のいわゆる花嫁修業の一つとして決して珍しいものではなく、結婚後直ちに茶、華道の教授を開業するというには、単にそれらの免許を取得したというのみならず、開業に資する何らかの具体的な条件が予め確定されていなければならないというべきところ、〔証拠略〕によつても、亡厚子が原告阿部と結婚後直ちに茶、華道の教授を開業すべき具体的条件が予め確定されていたとはいまだ認められず、さらにそのほかに原告伊藤新、同イトらは、一般的な女性の逸失利益(例えば家庭の主婦としての逸失利益)の主張をしているとは認められない本件においては、結局亡厚子の逸失利益の請求はこれを認めるに由なく理由がないことに帰する。
(ロ) 慰藉料について
〔証拠略〕によれば、請求原因(四)1(ロ)の事実が認められる。そして、右事実その他諸般の事情を考慮すれば、原告伊藤新の右精神的苦痛を金銭に見積もれば一一〇万円を相当と認める。
(ハ) 医療費について
〔証拠略〕によれば、同原告主張どおりの医療費の支出が認められる。
(ニ) 本件被害自動車の破損にもとづく損害について
本件訴は、自動車損害賠償保障法三条にもとづくものであるところ、同条はいわゆる人身損害についてのみ適用され、自動車の破損のようないわゆる物損については適用されていない。従つて、本件被害自動車の破損にもとづく損害については、事実を確定するまでもなく主張自体失当であるというべきである。
(ホ) 自動車の賃料、人件費等について
原告伊藤新は、訴外虻川に対し自動車の賃借料および給料として三五万円を支払つたと主張し、自動車の賃料と給料が格別に特定されていないところであるが、自動車の賃料は、いわゆる物損に属し、右(二)において説示したとおり自動車損害賠償保障法三条にもとづいては請求することができないので事実を確定するまでもなく失当である。
さらに右虻川および訴外長崎に支払つた給料については、原告伊藤新本人尋問の結果(第一、二回)によれば、同原告の経営する有限会社第一印刷において、事業のために右両人を運転手として雇つたことが認められるところ、そうであるならば、これは右会社自体の損害となり、同原告個人の損害ではないといわなければならない。そして、右会社の損害について同原告が自己の損害としてその賠償請求をするには、委任とか事務管理あるいは第三者の弁済等として右会社に代わつて右両人の給料を支払つた等の事実が主張立証されることが必要であるというべきところ、右いずれの主張立証のない本件においては、その余の点について判断するまでもなく、同原告の主張は失当である。
(ヘ) 亡厚子の遺体引取り等の交通費について
〔証拠略〕によれば、同原告は亡厚子の遺体引取りのための交通費として少なくとも二万八、〇〇〇円を支出したことが認められる。
(ト) 葬儀費について
〔証拠略〕によれば、亡厚子の葬儀に際し、原告伊藤新は四四万三、七八七円の支出をしたことが認められるが、葬儀費用というものの性質上この全額を本件事故と相当因果関係のある損害とみるのは妥当ではなく、それは、社会通念上相当と考えられる限度に限定されるべきである。そうすれば、本件の場合二〇万円をもつて本件事故と相当因果関係にある損害とみるのが相当である。
以上合計は一三五万六、四八五円となるが、原告伊藤新、同イトが自賠責保険金一〇二万八、四八五円を受領したことについては当事者間に争いがないので、原告伊藤新の指定するとおり内金二万八、四八五円を医療費に、内金五〇万円を慰藉料に充当すれば、残額は八二万八、〇〇〇円となる。
(チ) 弁護士費用
〔証拠略〕によれば、原告らが本件訴訟を弁護士渡辺隆に委任し、認容額の二割五分ないし五割を報酬として支払うことを約したことが認められる。そうとすれば、原告らは、同弁護士に右範囲内における相当額の報酬を支払う義務があるところ、本件の場合、原告らが被告に対し本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を請求しうる弁護士費用の額は、本件事案の難易その他諸般の事情を考慮すると、認容額のほぼ一割が相当というべく、原告伊藤新については八万二、〇〇〇円となる。
よつて原告伊藤新について認容すべき損害額合計は九一万円となる。
(二) 原告伊藤イトについて
(イ) 亡厚子の逸失利益の相続分について
原告伊藤新に関する前記説示のとおり右請求は失当である。
(ロ) 慰藉料
原告伊藤新に関する前記説示のとおりの理由、その他諸般の事情を考慮して原告伊藤イトの精神的苦痛を金銭に見積もれば一一〇万円を相当と認める。
なお、自賠責保険金の受領については前記のとおりであるから、その内金五〇万円を右慰藉料に充当すると残額は六〇万円となる。
(ハ) 弁護士費用
原告伊藤新に関する前記説示のとおり右認容額のほゞ一割に当たる六万円が原告伊藤イトの弁護士費用の損害となる。
よつて、原告伊藤イトについて認容すべき損害額合計は六六万円となる。
(三) 原告伊藤新一について
(イ) 慰藉料
〔証拠略〕によれば、請求原因(四)3(イ)の事実が認められる。そして、右事実、その他諸般の事情を考慮して原告伊藤新一のこうむつた精神的苦痛を金銭に見積もれば、二五万円を相当と認める。
(ロ) 休業損害について
〔証拠略〕によると原告伊藤新一主張の事実を認めることができる。
(ハ) 弁護士費用
原告伊藤新に関する前記説示のとおり、右認容額のほゞ一割に当たる三万一、〇〇〇円が原告伊藤新一の弁護士費用の損害となる。
よつて原告伊藤新一について認容すべき損害額合計は三四万一、〇〇〇円となる。
(四) 原告阿部武について
(イ) 慰藉料
〔証拠略〕によれば、請求原因(四)4(イ)の事実中通院に関する部分を除きその余を認めることができるから、その他諸般の事情を考慮して原告阿部がこうむつた精神的苦痛を金銭に見積れば三五万円を相当と認める。
(ロ) 医療費
本件全証拠によつても、これを認めるに足りない。
なお、同原告は自賠責保険金一五万円を受領したことは当事者間に争いがないので、これを右慰藉料に充当すれば残額は二〇万円となる。
(ハ) 弁護士費用
原告伊藤新に関する前示説示のとおり、認容額のほゞ一割に当たる二万円が原告阿部の弁護士費用の損害となる。
よつて、原告阿部武について認容すべき損害額合計は二二万円となる。
(五) 原告千葉満子について
(イ) 付添費、交通費
〔証拠略〕によれば同原告の主張事実を認めることができるが、付添費については一日七〇〇円が社会通念上本件事故と相当因果関係にある損害とみるべきである。そうすれば、右損害額は合わせて一万七、〇〇〇円となる。
(ロ) 逸失利益
〔証拠略〕によると、同原告の主張事実を認めることができる。
(ハ) 慰藉料
〔証拠略〕によれば、請求原因(四)5(ハ)の事実が認められる。そして、右事実その他諸般の事情を考慮して同原告がこうむつた精神的苦痛を金銭に見積もれば、三〇万円を相当と認める。
以上合計は三五万一、〇〇〇円となるが、同原告が自賠責保険金二六万円を受領していることについては当事者間に争いがないので、これを右損害額に充当すれば残額は九万一、〇〇〇円となる。
(ニ) 弁護士費用
原告伊藤新に関する前示説示のとおり、認容額の約一割に当たる九、〇〇〇円が原告千葉の弁護士費用の損害となる。
よつて原告千葉満子について認容すべき損害額合計は一〇万円となる。
六 遅延損害金について
以上の次第であるから、被告は原告らに対しそれぞれ右認定の限度で損害賠償する義務があるところ、原告らは、右各損害額に対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年一月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。しかしながら、右遅延損害金の請求は、弁護士費用を除くその余の損害に関しては相当であるが、弁護士費用に関しては、それがいわゆる成功報酬であつていまだ履行期も到来せず、かつ、現実に支払を了したものではなく、本訴の勝訴確定をまつて支払われるべき性質のものであることが前認定の事実から明らかであるから、これに対する遅延損害金の請求は本判決確定の日以後の分については相当であるが、その余は失当である。
七 結論
よつて、原告らの本件請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行宣言については同法第九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原昭雄 石井健吾 穴沢成已)